旧民法下の相続というとすぐに家督相続を思い浮かべると思います。確かに、家督相続は旧民法下の相続の特徴的なところであることは間違いありません。
しかし、「戦前は、家督相続といって長男がすべて相続していたんだよね」と一言で表現できるほど旧民法下の相続は単純なものではありません。
まずもって、被相続人が戸主であるか家族(戸主以外の者)であるかによって、相続の仕方が家督相続と遺産相続にわかれていました。また、家制度と密接な関係がある家督相続は、家の存廃にもかかわることから、その順位などが細かく定められていました。
このように、奥が深い旧民法下の相続ですが、その概略を見てみましょう。
≫新民法下に開始した相続(相続開始時と適用される相続制度) はこちら
なお、相続に関する規定は、戦前においても時代とともに変遷してきましたが、ここでは明治31年7月16日以降の旧民法下のもの、しかも一般的なものについてのみ説明しています。
〇家督相続順位・家督相続人
◇第1順位==>第1種法定家督相続人
原則
戸主である被相続人の家族である(同じ家にある)直系卑属が次の順序で家督相続人となります。
庶子……父に認知された非嫡出子のこと
私生子…父に認知されていない非嫡出子のこと
現在は、旧民法下の除籍や改製原戸籍の謄本を請求しても、「庶子男」や「私生子女」と記載されていたところの「庶子」「私生子」の部分が見えないようになっており、「男」や「女」とだけ記載されている謄本が交付されます。
私生子という言い方は、昭和初期においても差別的ととらえられており、旧民法の改正により昭和17年3月1日以降は使用されていません。また、庶子という言い方は新民法下においては使われていません。法・制度の説明の関係上「庶子」「私生子」と使っていますが、使う場合には注意を要します。
5. 1~4に掲げた事項について同じ者の間では年長者が先
例外
次のような例外があります。
親族入籍…“戸主の親族にして他家にある者は、その家族となることができる”との規定に基づく入籍のことです。例えば、分家をした次男が、長男が死亡したことで分家を廃家して本家に入籍した場合が該当します。なお、養子縁組により他家に入った次男が、離縁により実家に復籍した場合は親族入籍には該当しません。
引取入籍…“婚姻又は養子縁組によって他家に入った者が、自己の親族を婚家又は養家の家族とする、あるいは、婚家又は養家を去った者が、婚家又は養家にある自己の直系卑属を自家(婚家又は養家を去った後に入った家)の家族とすることができる”との規定に基づく入籍のことです。
なお、明治35年の旧民法の改正において“家族が分家をする場合に、戸主の同意を得て、自己の直系卑属を分家の家族とすることができる”という「携帯入籍」の制度ができましたが、携帯入籍は親族入籍、引取入籍のいずれにも該当しないため、携帯入籍した子は原則どおりに家督相続人になります。
婿養子縁組…婚姻と養子縁組を同時に行う身分行為のこと。旧民法下では、法定推定家督相続人である一人娘や姉妹のみの姉は、推定家督相続人の廃除をしなければ、婚姻によって夫の家に入ることができず婚姻ができないところ、婿養子縁組で自家に夫を迎えることで婚姻することができました。また、法定推定家督相続人である男子のいる者は、男子を養子とすることができないのが原則であり、婿養子縁組はその例外とされていました。
具体的には、例えば、長女と次女のみの家において次女が婿養子を迎えると、原則として定められている順序によるとこの婿養子は最優先して家督相続人となりますが、この例外を設けていることで、次女の婿養子に優先して、長女が家督相続人となります。
◇第2順位==>指定家督相続人
法定の推定家督相続人がないときは、戸主である被相続人は、家督相続人を指定することができます。
指定されたものが家督相続人になるのは、死亡または隠居による家督相続の場合に限られます。家督相続人を指定した後、戸主が死亡する前に、戸主に法定の推定家督相続人(家族である直系卑属)ができたときは、指定の効力を失います。家督相続人の指定を受ける者についての制限はありません。家督相続人の指定、指定の取消しは、戸籍の届出によって効力が生じます。
◇第3順位==>第1種選定家督相続人
法定の推定家督相続人がなく、指定家督相続人もないときは、戸主である被相続人と同じ家にある父、父がない・意思表示できないときは母、父母ともにない・意思表示できないときは親族会は、次の順序に従い、家族の中から家督相続人を選定します。
族親会…本人、戸主、親族等の請求によって裁判所が招集し、裁判所が選任した3人以上の親族会員によって構成される機関で、その過半数で決します。
選定された者は家督相続を承認又は放棄することができ、承認すると家督相続開始時に遡って家督相続人になり、選定を証する書面を添付して、戸籍の届出をすることになります。
選定がなければ、仮に、被選定対象者が一人のみあるときであっても、その者が家督相続人になることはありません。また、選定は、上記の順序で行わなければならず、死亡した戸主に家女である妻がいるにもかかわらず、戸主の弟を家督相続人とすることは許されません。
◇第4順位==>第2種法定家督相続人
第1種法定家督相続人がなく、指定家督相続人もなく、第1種選定家督相続人の被選定対象者もない場合は、家族である(同じ家にある)直系尊属の中で親等が最も近い者(親等が同じ者の間にあっては男が優先する)が家督相続人となります。
ここでいう直系尊属とは、血族である直系尊属であり、姻族である者は含まれません。また、被相続人である戸主の直系尊属であっても、家を異にする者は家督相続人にはなりえません。(例えば、養子である戸主が死亡した場合には、養父は第2種法定家督相続人に該当しうるが、家を異にする実父は該当しません。)
◇第5順位==>第2種選定家督相続人
第1種法定家督相続人がなく、指定家督相続人もなく、第1種選定家督相続人の被選定対象者もなく、第2種法定家督相続人もない場合は、親族会が、戸主である被相続人の親族、家族、分家の戸主又は本家若しくは分家の家族の中から家督相続人を選定し、これらの者がいないか、いても家督相続人となるに適当な者がいない場合は、親族会は、他人の中から選定します。
戸主一人で構成される家や、直系卑属・配偶者・兄弟姉妹(その直系卑属含む)・直系尊属以外の家族しかいない家の場合に、その戸主が死亡したときにこのような状況が生じます。選定された者は家督相続を承認又は放棄することができます。
第2種選定家督相続人が選定されない場合や、選定があっても家督相続を承認する者がいない場合には、その家は絶家となり、消滅します。
〇代襲相続の適用
第1種法定家督相続人の場合のみ適用があり、無制限に適用されます。
旧民法下においては、家督相続に関しては胎児も生まれたものとみなされていましたが、代襲相続に関しては代襲原因発生時(被代襲者の死亡時)に生まれていなければならないと解されていました。しかし、戦死した父親に胎児がいるケースに対応させるために、昭和17年の旧民法の改正により、死体で生まれた場合を除き代襲相続に関しても胎児はすでに生まれたものとみなされることとなり、現行の取り扱いと同様になりました。
〇相続順位・相続人と相続分
◇第1順位==>直系卑属(親等の異なる者の間では近い者が先順位)
◇第2順位==>配偶者
◇第3順位==>直系尊属(親等の異なる者の間では近い者が先順位)
◇第4順位==>戸主
〇代襲相続の適用
◇第1順位の遺産相続人・・代襲相続は無制限
◇第2順位の遺産相続人・・代襲相続なし
◇第3順位の遺産相続人・・代襲相続なし
◇第4順位の遺産相続人・・代襲相続なし
【新民法附則第25条第2項】
応急措置法施行前に家督相続が開始し、新法施行後に旧法によれば家督相続人を選定しなければならない場合には、その相続に関しては、新法を適用する。但し、その相続の開始が入夫婚姻の取消によるときは、その相続は、財産の相続に関しては開始しなかったものとみなし、第28条の規定を準用する。
〇適用されるための要件
◇応急措置法施行前に家督相続が開始していること
家督相続の開始が要件であり、被相続人が相続開始のときに戸主であったことが必要です。被相続人が家族(戸主以外の者)の場合の遺産相続には適用されません。
◇新法施行後に旧法によれば家督相続人を選定しなければならない場合であること
「家督相続人を選定しなければならない場合」とは、第1種選定家督相続人及び第2種選定家督相続人が選定されていない場合や、選定があっても家督相続を承認する者がなく家督相続人が定まっていない場合です。第1種選定家督相続人に選定されるべき者がいたとしても、家督相続人として定められていなければ同様です。
なお、第1種法定家督相続人、指定家督相続人及び第1種選定家督相続人に選定されるべき者がともになく、家に直系尊属がいる場合は、その直系尊属は放棄をしていない限り(選定をしなくても)第2種法定家督相続人として家督相続するので、この場合は「家督相続人を選定しなければならない場合」に該当しません。
◇相続の開始が入夫婚姻の取消によるものでないこと
入夫婚姻…通常の婚姻と異なり、妻が夫の家に入らず、夫が妻の家に入ることをいいます。女戸主に関して入夫婚姻が発生した場合は、当事者が婚姻の当時に反対の意思を表示しない限りは、入夫がその家の戸主になるとされていました。
〇効果
当該家督相続については、旧民法は適用されず、家督相続開始時に遡って新民法が適用されること。
〇留意点
◇新民法の遡及適用により相続人となった者の旧民法施行中の死亡は旧民法を適用
新民法が遡って適用されたことによって相続人となった者が、その後に死亡した場合に、新民法が適用されるのか、それとも旧民法が適用されるのかという問題があるが、新民法施行前(旧民法施行中)の死亡については、旧民法が適用される(昭和23年6月9日付 民甲第1663号 民事局長回答)とされています。 新民法施行後に死亡したときには当然に新民法が適用されます。
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